アイスマンの呪いは本当に存在するか?

語り継がれるアイスマンの呪いによる謎の死・・。アイスマン発掘に携わった学者達が次々と亡くなっている。

アイスマンは1991年アルプス(オーストリア・イタリア国境)エッツタール(エッツ渓谷)全長65Kmに及ぶ。
アイスマンの死因は他殺説が有力で胃の内部に未消化の肉かどが残っていた。(ヤギ肉)

ミイラに近づくものには死の呪いが振りかかる、という伝説を一般的なものにした、このツタンカーメンの呪いだが、実はメディアによるデッチ上げだったという説がある。この呪いで最初に死亡したとされているイギリスのカーナボン卿は、当時ロンドンタイムス紙と独占契約を結んでいた。その為、それ以外のマスコミには、ツタンカーメンの墓について一切情報を流さなかったという。それを恨んだ世界中のメディアがカーナボン卿を怨み、彼の死亡原因を「ファラオの呪いである」と報じたのではないかと言われている。ちなみにカーナボン卿の死因は、熱病及び肺炎の併発だったことが判明している。

このアイスマンは科学調査の結果、推定5300年前のミイラであることが判明している。つまり、アイスマンはエジプトの墓に眠るミイラ達よりも古い存在ということになる。またアイスマンは凍結されていたことにより、作りかけの弓矢や銅製の斧など、所持品も綺麗な状態で残されていたため、考古学的にも非常に貴重な存在だといわれている。詳細に関しては、現在でもイタリアの南チロル考古学研究所で調査が続けられているようだ。

様々な憶測があるが、考古学者や発掘に携わった研究者などの死を考えると、苦しみながら死を迎える念がミイラに携わった者たちを黄泉の国へ引き込んだと考えることが自然である。